英国のEU離脱 楽観的な見方(1)

 6月23日はもうだいぶ古くなったが俵万智の「サラダ記念日」になぞらえて「英国孤立主義の復活記念日」と名付けてみたくなった。ネットでBBCの開票速報を仕事中に見ながら、勝敗の行方と地図を見ながら傾向分析に思いを巡らせていた。
 株価、通貨為替の暴落、リーマンショックを越える相場の反応もすごかった。なぜここまで「来るべき未来」に恐怖感を人は覚えるのだろうか。生来(せいらい)楽観主義の私には摩訶不思議な現象に覚えた。

  少し 理屈ぽっく 何故 楽観的にいられるのか解説してみたくなった。
 第一に歴史の流れから見てみると、元々英国は19世紀末から20世紀「光栄ある孤立」を掲げ約100年間外交政策を取り成功してきた国である。この伝統はECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)からEEC、ECそしてEUへの参加の時まで遺憾なく発揮されてきた。1956年から始まるEUの歴史の中で英国は遅れること20年1973年に参加を決める。当時は、これはこれで「英国が光栄ある孤立を捨てた日」として世界中大騒ぎであった記憶がある。

 1993年EUとしての大統合化が始まる。その翌年にヨーロッパ旅行をして体でその成果を体験した。空港に入ってパスポートコントロールがなくなって、旅の大事な思い出であるパスポートにその国のはんこをもらえなかった残念さを今でも覚えている。それから約20年で英国は再度「光栄ある孤立」にもどっていってしまった。

 大事なことは「孤立」であって「対立」ではないという点である。英国が「光栄ある孤立」選んでいる期間、2度の世界大戦があったものの決して戦争を好んだという事実はなく、逆に「違い」を前提に友好的な外交を自国に都合よく泳いできた。

  ということで、たとえ英国は「EUを離脱」しても、経済的に滅茶苦茶なことはしないとみている。

 EUはあらゆる分野で「標準化」を決め実行している所である。それをすべて反故にすることはないだろうし現実的不可能である。それは1983年に始まるエスプリ計画(European Strategic Program for Research and Development in Information Technology)をちらちら見ていて気の遠くなるような地味で綿密な営みを見ていた私の感想である。世界で一番 上手な妥協の道を選ぶ国であると信じておこう。

 中国と日本の関係は政治的は決していいとは言えないが経済、人的往来は良好である。ということは、英国とEUが日中間レベルまで戻ったとしてもそう心配することではないということだ。

 EUによって世界経済が大きな発展したとは思えない。EU以降の経済の原動力はITでありインターネット技術と金融工学によるデリバティブである。この間世界の経済成長のけん引力はアジアと中国である。アジアはEUのようにまとまるどころか未だに対立の緊張感につつまれている。それでも十分急速な発展をしてきた。

 マスコミから流される”思惑”と捨て単純な事実を拾いだし比べてみれば真実の姿見えてくる。

 続く