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金型工場に入ったきっかけ

 若き選択の道は、精神の彷徨という目的も定まらぬジクザグな道をたどった。30歳の時に父の経営する金型工場に入った。きっかけは母から「銀行が後継者なしでは金を貸してくれない。父はその時62歳。当時の定年が55歳の時代だ。だけどお父さんはあなたに頭を下げるような人ではないから。あなたから言ってほしい。」と生まれて初めての頼まれ事であった。父はその頃、最新のNC工作機械を導入した新工場の建設し自分で描いた理想の工場を作るための資金であることは理解していた。

 私は一緒に新工場建設を担う力も欲もなかったが、私が入社することで解決するなら親孝行になるかと思い、徳川家康が子ども頃今川方に人質になったことになぞらえ「銀行の人質」として入社を決めた。そんな動機だったこともあって入社してからは「何もセンム」「昼行燈」ような状態で、もっぱら工場の材料置き場で材料を切ったり、職人さんの作業を眺めていた。入社して1年たった時にNCを担当している人が病気で亡くなりその身代わりに暇にしていた私がやることになり、NCやコンピュータの勉強をはじめた。